2012年04月28日

今日は、こんな日

朝からの雨の中、ウコッケイの鳴き声に迎えられコンテナハウスの校舎へ、程なく小学生のN君が母親と来校、彼の個性に合う指導方法を模索する。間もなくして全国紙A新聞の記者が取材に来校、雨漏りと児童の大きな声の中、熱心に私の説明に耳を傾けて頂き感激をする。夕方、先日取材を受けたTテレビが本校で実施している妊婦のまきわりを放映するが、本校の名前も出ず、本校で妊婦まきわりを受け入れている理由も報道されず、ただ妊婦がまきわりをする珍しさのみの報道に多少落胆する。発達障害や不登校で苦しむ方々に本校の存在を知って頂き、子育ての悩みを共有したかったのに。次代を担う大切な子供達をお母さんのお腹にいる時から支援するために妊婦さんにまきわりの場を提供し、元気な赤子の誕生を心から願っているのに報道は、妊婦がまきわりをする珍しさだけを強調。淋しさが滲み出る。
そんな中、45才になる教え子のM君が、私の活動に共感して、賛助会費を持参して来校。勉強嫌いな新米教師は、教材研究もろくにせず、まともな授業もしなかったのに40年近く経った今、相次いで私のライフワークを支援してくれる。六年生の時に担任だった私の事を嫌い、口もろくに聞いてくれなかったA子も四十路の今、ボランティアとして支援してくれているし、農家の長男のK男は、本校児童のタケノコ掘りに自宅の竹山を喜んで開放してくれる。銀座の有名寿司屋の店長になったF男も私の活動を支援してくれる。鉄筋工のI男も。授業が下手でも、まともに勉強を教えなくても自分をさらけ出し、常に人間臭さを前面に出し、思い切り子供達にぶつかったことがよかったのか自分でもわからない。彼等が昔、勉強ができたかどうかなどは、もうとっくに忘れたが、素晴らしい大人になったのは事実である。そうだ、今日は、いい日だったのだ。気がつくともう今日がおわっていた。
posted by 校長 at 00:15| Comment(0) | 日記