2017年09月17日

既成の教育の枠から飛び出す

本日、本校の絶大な支援者の一人である、村田社長のサンデーフリマで、運営資金調達のため、ひまわり野菜を販売させていただきました。サンデーフリマは、毎月第三日曜日に開催されるアットホーム感溢れるフリマです。そこで目にしたのが、レジスターでした。社長の好意で格安で手にいれました。月3000円もしくは1000円の活動費(月謝)をレジスターに入れる必要はあるのでしょうか。そもそも、フリースクールの教卓の上にレジスターなど似合うはずもありません。そうです。中古電動レジスターは立派な教材になります。中に校長のポケットマネーを入れて、算数の授業やソーシャルスキル学習の教材にと考えました。現なま教育の表現は、違和感がありますので、生きた教育とします。私の教育観は、日常生活でふれるもの、目にするもの全てが教材・教具です。レジスターもその1つです。テレビゲームも、パチンコもスロットだって使い方によっては立派な教具になります。以前、本校を視察に来た公立中学校の校長と生徒指導専任教諭が目を丸くして、教育の場にテレビゲームとパチンコ台があるとの叫びと共に軽蔑の視線を私に向けました。私の回答は、あなた方の学校ではこんなものは置けないでしょうが、工夫して毎日子供達が楽しく学校に行けるようにして下さい、でした。子供の興味・関心は千差万別、個性的な子供はなおさらです。子供の興味・関心を自由に引き出し、教育に繋げることこそ、フリースクールのフリーの所以なのです。鉄道マニアには、鉄道を活用した学習やソーシャルスキルを、動物好きには、鶏や陸亀に興味を持たせて教育に導く、子供の個性を大切に、決して押しつけの教育ではない柔軟な教育をしたいものです。私の鉄道趣味をマニアの子供が、校長の鉄道知識は薄っぺら、と笑います。それは、当然です。マニアの子供達を理解しょうとしている間に鉄道にはまったのですから。子供達こそ私の先生です。今、70才にしてテレビゲームを修行中です。子供の思いと合致した時にこそ本当の教育ができるのではと考える昨今です。宮沢賢治の詩が今日も浮かんできます。 
 私が先生になったとき
私が先生になったとき 
 自分が真実から目をそむけて
 子ども達に
本当のことを語れるのか
私が先生になったとき
 自分が未来から目をそむけて
 子供達に
明日のことを語れるのか          
私が先生になったとき
 自分が理想を持たないで
子供達に
いったいどんな夢が語れるのか
私が先生になったとき
 自分に誇りを持たないで
子供達に
胸を張れと言えるのか
私が先生になったとき  
 自分がスクラムの外にいて
子供達に
仲良くしろと言えるのか
私が先生になったとき
 ひとり手を汚さず自分の腕を組んで
子供達に
ガンバレ、ガンバレと言えるのか
私が先生になったとき
 自分の戦いから目をそむけて
子供達に
勇気を出せと言えるのか

注、作者不詳との説あり
posted by 校長 at 22:30| Comment(0) | 日記