2019年04月10日

今を生きる

本日も多数の子供達とボランティア、保護者の来校がありました。新学期を迎え、子供達はそれぞれの出発でした。学校に行く事を当たり前に育った親たちは、同じ事を我が子に求め、期待して校長に切実に訴えてきます。その気持、よくわかります。同時に学校に行かない(行かれない)子供達の気持ちももっとわかります。悩む皆様への解答は複数です。
それは、老いた校長の経験則からの解答であり、科学的根拠は、何もありません。経験と科学が合致する時、人の信頼度は確実性をましますが、残念ながら、科学的能力を私は持ち合わせません。
五十才の教え子達の今の生き方から、本校の子供達の支援のあり方と将来の推測をします。
A君、勉強そこそこ、友達思いのリーダだった。現在、建設関係の社長、クラス会の時、先生は年金生活だからと言って、酒代を出してくれます。B君、勉強より野球、気持ちのいいやつだった、現在、銀座の有名寿司屋の総料理長、テレビ出演多数。修学旅行に交通事故死したクラスメイトの写真を胸に参加したC君、電鉄系路線バスの運転手、偶然乗り合わせた同級生女子の報告は、C君と同級生であった事を誇りに思う、だってこんな丁寧でお客に優しい運転手は見たことがないでした。E君、人望あり、謙虚、学力ずば抜け、現在、大学病院の外科医。
F君、謙虚、学力ピカイチ、現在日本を代表する大学の教授。G君、学力普通、お人好し、現在、人気ラーメン屋店主。他に職人、宅急便運転手、飲み屋店員など多数。共に今を精一杯いや背一杯生きています。学力よし、優しさよし、気が利くよし、特徴なしよし、です。今、私の言えることは、我が子の個性や特性を認め、子供達自らの生きる力を信じるだと言うことだけです。
因みに教え子諸氏に私の小学校の通信簿を公開したところ、それまでの和やかな雰囲気が一転、皆さん、マジ顔になり、「これでも校長になれるんだ」でした。新米教師の時の教え子、校長の時の教え子が今もボランティアで来てくれております。担任大嫌いだったあの子も。
人生ケセラセラと思えるようになれば、あなたは一人前の保護者かも。
明日も悩み苦しみながら共に生きませんか。
posted by 校長 at 20:00| Comment(0) | 日記