2015年02月14日

人間教育

本日、ひまわりを支援してくださっている、しらとり台保育園の園児の発表会に行ってきました。かわいい園児達の演技に風邪気味で体調不良の体が癒やされました。この子達がやがて小学校にそして中学、高校へと進み大人になり、社会を支える一員となると思うと人間社会の仕組みの偉大さと同時に教育の大切さを再認識します。
明日は、40歳代後半になった教え子達とI君の墓参りに行きます。I君は私が担任だった5年生の冬に自宅前で自転車に乗っていて交通事故で亡くなりました。私は現役時代、交通事故による二人の教え子の棺を運びました。I組は足の不自由な母親の手伝いをよくやりました。冬でも火の無い部屋で朝から勉強をしていました。そんな優しいI君を私は、その日に限り怒ってしまいました。夕方事故の報を聞き病院に駆けつけると、お父さんは、病院の廊下で、酸素をしてくれないんだもの、と何回も繰り返していました。お母さんは、Jちゃん起きて、と一心に息の途絶えた彼に呼びかけていました。開かれた病室のドアの影で若いお巡りさんが涙を拭いていました。次の日に教室でI君が亡くなった事を告げるとクラス全員が半狂乱のようになり、号泣しました。子供達の号泣があまりに激しく若い教師だった私は一瞬恐怖を感じたのを今も覚えております。
6年生の日光修学旅行の折.A君が昼食のテーブルにI君の写真を置いてカツカレーを食べていました。彼は修学旅行の2日間ポケットにI君の写真をしのばせていたのです。今、彼はT急路線バスの運転手です。数年前の墓参りの際、クラスメートの女の子達が、こんな会話をしているのが私の耳に入ってきました。この間通勤で乗ったバスが偶然A君の運転するバスだったの、丁寧な運転で、お婆さんが乗って来た時などびっくりするほど優しかったんだ、私はその対応を見ていて、この運転手と小学校の時、クラスメートでよかったと密かに思ったの。 そのバスの運転手が老いた担任を気遣って明日、1時間もかけて私を送迎してくれるそうです。現役時代、教材研究もろくにしないダメ教師でしたが、他人の心を敏感に感じ、他人のために行動する事の大切さだけは真面目に指導してきました。昨今、道徳の時間が教科になる事が話題になっていますが、私にとっての道徳の時間とは、毎日の生活の中に教材があり、生きている事そのものが道徳の時間なのです。
寿司職人、鉄筋会社社長、清掃会社責任者、バスの運転手、主婦、OLなど様々な道を歩む教え子達と年一回、亡き教え子に手を合わせるこの日を大切にしたいと思います。それは教育の原点を私自身が確認する日だからです。
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2015年01月27日

私の思い

昨日は、穏やかなお天気でした。こんな穏やかな日のひまわり農場は最高です。遠くに雪を被った丹沢山塊、チョッピリ顔を見せる富士山、烏骨鶏の鳴き声が響く中、15名の妊婦の方々が薪割りに来校しました。来校前在校生と妊婦来校を歓迎する白菜ラーメン鍋の準備をしました。勿論白菜は自家製、それに畑の大根も加えました。学校で苦戦して、家に閉じこもりがちの子供達にとって、お客様様を迎えて交流する事は、最高のソーシャルスキル学習です。まして、自分達でその準備をする事は、彼らの意欲的を高めます。やがて、助産院パースに通う妊婦の方々が続々と来校、薪割りが開始されました。薪割り毎に明るい笑い声が1月の畑に響きます。一汗かいた頃、自家製野菜を使った白菜ラーメン鍋を振る舞いました。さすが妊婦さん、完食です。在校生の子供達は、間もなく我が子が誕生する、人生の絶頂期にある妊婦さんとの会話に話が弾み、自尊感情も向上ぎみ。後から来た先輩の親からは子育ての悩みとポイントもチョッピリ伝授。横浜みどりの学校ひまわりは、目の前の子供達を支援するだけではなく子供から大人まで人生の各ステージの方々がそれぞれ協力して生きる共生社会を横浜市青葉区から構築することを目指しております。そのためには、皆さんが自己の利害関係をほんの少しだけ容認してくださる事も必要です。個性的な我が子が地域で認められるためには、年代を超え、立場を超えて他人を理解し認め合う事も必要です。かつての保護者で尊敬する弁護士の秋山先生が『人と争わない生き方』の著書を出されました。私もそんな生き方をしたいのですが、まだまだ先生の領域には、届きません。本日、認知症対策が報じられ、その中で認知症カフェの話題が論じられておりました。社会的弱点を支援するひまわりでも認知症者支援ができたらと思います。個性的児童と認知症者が共にひまわりの畑でイチゴ作りをして相互補完をするなんて最高です。今年68才を迎える私自身が認知症にならぬうちに。皆さんやりませんか。追伸、地域の情報サイト、森ノオトさんなどが中心になり開催される、あおば・未来へつなぐ食と農フォーラムに本校も出展します。皆さんお出かけ下さい。
日時:2015年2月8日(日曜日)13時30分
場所:田園都市線、あざみ野駅五分、アートフォーラムあざみ野。
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2014年06月16日

67歳の初夏

本日、67歳の誕生日を迎えました。現役校長の時、七五三を知らされました。教諭で退職者は七年、副校長退職者は五年、そして校長退職者は三が退職後の平均寿命なのだそうです。教職に携わる者の過酷さを表現したものです。私は本日、退職後の再任用期間三年を含めて、伝説の三年間を四年もオーバーする事ができました。その四年目の誕生日の今日、人生出始めてビニール袋を持ってアルミ缶拾いに町に出ました。かって小学校校長をしていた学校を仰ぎ見ながら許可を得た自動販売機のゴミ箱を丹念にあさり周りました。そこには、元校長のプライドはないものの空き缶を拾い生計立てる方々への申し訳なさを感じておりました。保護者に負担をかけない、補助金や支援金にあぐらをかかない、が私のモットー。最近出会った古物商の村田社長の助言に基づいての本日の行動です。そんな私の行動に地域の中華料理店からアルミの寸胴が放出、自治会関連の会合から会議で提供したアルミ缶が届けられました。子供達と一つ一つ足で潰す作業は、生きた経済教育です。貧しさや逆境に愚痴や嘆きを言っても何も改善しません。困難に打ち勝つには、知恵と工夫、そして未来を見つめるバイタリティです。67歳の老人は今日も不整脈と言う持病と闘いながら子供達と汗を流しました。人生に感謝です。このすてきな感謝の心を明日は子供達と保護者に倍返しです。
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2014年04月12日

応援お願い申し上げます。

本日も、カウンセリングを続けている横浜港南区の母親の他、東京の品川区、横浜の青葉区、旭区、緑区、保土ヶ谷区、西区の児童・保護者が大勢来校し、クールダウン、ソーシャルスキル、グループスキル、農作業、養鶏、そして学習にとそれぞれの課題克服に指導を受けました。しかし、主に校長ひとりで30人近い児童と保護者に個別指導するのはもはや限界です。本校を頼って来て下さる方々のためにももっと力にならなければと思う日々です。どうかみなさん、子供達や保護者のために力をお貸しください。
 以下の要領でボランティアを募集します。
 よろしくお願い申し上げます。

1、土曜日のボランティア
  時間:11時から4時半
     ※特に2時から4時。
  内容:小学4年生程度の学習指導。
2、月曜、水曜、金曜
  時間:2時から4時半
  内容:学習指導、遊び相手。
3、農作業、その他
4、事務処理
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2014年02月23日

郷土の巧展開催に向けて

多忙を理由に長期的にブログを更新しなかった事をお詫び申し上げます。
私がさつきが丘小学校の校長の時、児童の日頃の作品を保護者、地域の皆様にご覧いただく、児童作品展を開催しておりました。作品展を開催しながら、本校は地域の集会所であるコミュニティーハウスを併設しているのだから児童の作品のみならずコミュニティーハウスで活動されている方々の作品も一緒に展示してはどうかと職員に提案しました。地域に開かれた学校を目指していた私にとって保護者だけでなく地域の皆様方がご近所方々の作品を鑑賞しに来校されることは、まさに開かれた学校を構築する良い機会と思い推進しました。学校は、教員だけで教育するのではなく地域をあげて、地域の子供達を教育するのだというのが私の持論です。そのためさつきが丘小学校では300人ものボランティアの方々が在籍、活動しておりました。
退職後、私塾ひまわりを設立した今も思いは変わりません。地域には一芸に長けた方、素晴らしい趣味をお持ちの方々が沢山おられます。そこで今回、地域の皆様方の作品を一堂に展示し鑑賞しあう、地域の巧作品展を計画しました。巧という名称に躊躇される方もおられると思いますが、日頃の趣味の紹介と捉え是非皆様ご参加下さい。思い出深い故人の作品でも結構です。即売も可能です。この作品展を契機に地域の方々のスクラムが更に強まり、防災に、子供の教育に、更には個性豊かな子供達への理解へと繋がる事を願っております。期日は10月を予定しております。ご協力いただけますかたは、ご連絡下さい。尚、地域とは、しらとり台、さつきが丘を中心に市内全域隣接都県とします。皆様よろしくお願い申し上げます。
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2013年02月14日

校長講演会のお知らせ

第2回ひまわり地域公開講座として、下記の内容で校長講演会を開催いたします。実践的な内容ですので皆様のお役に立てる事と思います。まだ定員に空きがありますので、是非お出かけ下さい。
     記
日時 平成25年2月21日(木)10時より
場所 軽井沢コミュニティースタジオ
    本校至近
演題 学校と上手く付き合う方法
内容 新入児保護者の知っておくこと。
    いじめ対応、不登校、発達障害対応、その他。
    個別相談も可能です。
参加費 200円
申し込み本校までメールまたは電話で。
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2013年01月09日

教育問題への私見

昨日から本日にかけて私は複数の教育現場におけるショッキングな出来事を知りました。一つは、大阪の高校での部活動指導時における顧問からの体罰を受けた事が原因と思われる自殺、他の一つは、アレルギーの児童が、担任のミスと思われる行為により食べてはいけないメニューを口にして、死亡した事件です。本日、朝のテレビ番組に出演した小説家を名のる女性は、後者について、私の母は、教師だが、母はこの事件は担任教師個人の問題であり組織の問題ではないとのような趣旨の見解を紹介しておりました。これは、児童にアレルゲンの入った給食を誤って与え、児童が死亡した事は、全て教師個人の責任だと言う事です。それも教育現場に勤める母親の見解とのこと。
学校への出がけにこの放送を耳にした私は、車を運転しながら学校に着くまで繰り返し自問自答しました。果たして全てを担任教師の責任に帰してよいものうだろうか。もちろん将来ある児童を死に追いやってしまったことに担任教師の責任は免れないでしょう。しかし担任教師に全て責任を負わせてそれで解決できる問題なのだろうか。前者の部活動指導者の体罰と部員の自殺についても同様、もし体罰と自殺に因果関係が存在するとしても部活指導者に全ての責任を被せて解決を図ってよいのだろうか。部が成績を上げることで学校や市の名声が上がる事を考え部活指導教師の言動に寛大であったり、もの申せぬ雰囲気を校内に作りだしてはいなかったのだろうか。もし、そうだとしたら、これはもはや個人のみの責任では済まされないことです。学校や行政を司る市など、各組織の責任が問われるべきではないでしょうか。人間個々人は、非力であり、ミスのリスクも高いものです。そんな個々人を補完し、危機管理を高めたりするために組織が存在するのではないでしょうか。前途ある二人の子供達の命が失われた事の重大さを考える時、担任の先生達の責任回避を論じる訳ではありません。同時組織の責任をしっかりと認識し、組織活性化のために組織の頂点に立つ方々の決断と勇気ある行動を切に望みたいと願います。無念にも若くして命を失った二人の子供達の冥福のためにもトカゲのしっぽ切りのような個人の責任のみを追及して解決を図るのではなく、組織の責任を自覚して、組織を挙げて再発防止に取り組んでほしいものです。
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2012年10月18日

道楽の定義

この活動を始めから何人かの人に私の活動が道楽だと言うご指摘を受けました。それは、決して悪意を持って言ったり、私の活動を否定するものではありません。むしろ、私の活動を賞賛する中でよく使われております。そんな時、私は笑顔でその言葉を受け入れながらも、何か釈然としないものを感じておりました。
三省堂版、金田一京助、春彦著の新明解国語辞典によると、道楽とは、趣味の意の老人語と記されております。果たして、現在65歳が老人か否かは別ににして公立学校で苦戦している子ども達を支援する活動や子育てに苦悩する親達を支える活動が老人の趣味とは、やはり受け入れ難いのも事実です。持病の不整脈の発作におののき、運転が上手とは言えない私が交通事故のリスクを負いながら毎回ひまわりに通うのは、自己の欲望を満足させる趣味ではありません。私を求めて来校する子どもや親がいるから私は出かけていくのだ。と怒りに似た感情で訴えた後、冷静に考えると、子どもや親を教えたり、支援する事は、自己の欲望の成就でもあり、趣味と同一のものなのかとも思えてきます。そんな事を突き詰めていくとボランティアそのものが道楽扱いになってしまいます。結局、道楽の定義なるものは、わかりませんが、私は老人の趣味で人生の残り少ない部分を燃焼しているのでない事を確認したいと思います。
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2012年05月17日

今を生き、今日も生きる

 持病の不整脈発作の残る中、意を決して家をでました。信頼する前日赤病院循環器部長の先生の大丈夫の言葉を信じて苦しさを押さえて頑張りました。朝から日本映画大学の学生が私の生き様の取材に来てくれました。彼等の映画にかける情熱に感動し、夜は、近くの中華料理店北京で食事を共にしました。彼等の個性が鮮明になり若い彼等を応援する気持ちが一段と高まりました。混迷の日本の未来を背負う彼等に期待せずにはいられません。がんばれ映画大学学生諸君。私の教育雑誌の記事を見た某出版会社の社長から出版の打診がありました。原稿用紙数枚程度しか経験者のない私に満足な本が書けるか不安ですが、公立学校で苦戦する子供達の実態を少しでも皆さんに知って頂き、彼等について教育行政が動いいてくれればと思い、売れる本より皆さんが感動する本を目指したいと思います。
 先日、新聞の記事で本校を親子の駆け込み寺と報道されましたが、本日、近隣校の親子が来校しました。児童間のトラブルで苦悩しておりました。学校でのトラブルに対して学校は家庭に連絡して家庭の指導を要請するだけでは親はただ狼狽し、苦悩を募らせるだけです。教師は自らの専門職を自覚し、学校での指導方針を親に伝え、家庭での指導方法を示唆し、「子供のために共に頑張りましょう」の姿勢がほしいものです。それにしても、一校の年間予算が何千万円の公立学校でのトラブルを雨漏りのするコンテナハウスの一私塾が支援するというのは、なんとも陳腐な構図です。教育行政の一層の奮起を期待せずにはいられません。頑張れ学校、頑張れ保護者・子供達です。
posted by 校長 at 04:59| Comment(0) | 日記

2012年04月28日

今日は、こんな日

朝からの雨の中、ウコッケイの鳴き声に迎えられコンテナハウスの校舎へ、程なく小学生のN君が母親と来校、彼の個性に合う指導方法を模索する。間もなくして全国紙A新聞の記者が取材に来校、雨漏りと児童の大きな声の中、熱心に私の説明に耳を傾けて頂き感激をする。夕方、先日取材を受けたTテレビが本校で実施している妊婦のまきわりを放映するが、本校の名前も出ず、本校で妊婦まきわりを受け入れている理由も報道されず、ただ妊婦がまきわりをする珍しさのみの報道に多少落胆する。発達障害や不登校で苦しむ方々に本校の存在を知って頂き、子育ての悩みを共有したかったのに。次代を担う大切な子供達をお母さんのお腹にいる時から支援するために妊婦さんにまきわりの場を提供し、元気な赤子の誕生を心から願っているのに報道は、妊婦がまきわりをする珍しさだけを強調。淋しさが滲み出る。
そんな中、45才になる教え子のM君が、私の活動に共感して、賛助会費を持参して来校。勉強嫌いな新米教師は、教材研究もろくにせず、まともな授業もしなかったのに40年近く経った今、相次いで私のライフワークを支援してくれる。六年生の時に担任だった私の事を嫌い、口もろくに聞いてくれなかったA子も四十路の今、ボランティアとして支援してくれているし、農家の長男のK男は、本校児童のタケノコ掘りに自宅の竹山を喜んで開放してくれる。銀座の有名寿司屋の店長になったF男も私の活動を支援してくれる。鉄筋工のI男も。授業が下手でも、まともに勉強を教えなくても自分をさらけ出し、常に人間臭さを前面に出し、思い切り子供達にぶつかったことがよかったのか自分でもわからない。彼等が昔、勉強ができたかどうかなどは、もうとっくに忘れたが、素晴らしい大人になったのは事実である。そうだ、今日は、いい日だったのだ。気がつくともう今日がおわっていた。
posted by 校長 at 00:15| Comment(0) | 日記