2018年01月15日

教育弱者と保護者

光陰矢のごとし、あっという間に旧正月になってしまいましたが、新春のお慶びを申し上げます。一昨日は、私がさつきが丘小学校在職中に立ち上げた郷土史の会(下山和正会長)のどんど焼にあわせてひまわりの餅つき、バザーを開催しました。両イベント合わせて、約300人の来場がありました。ひまわりも数店出店しました。来場の皆様、支援者の皆様、ありがとうございました。餅つき、バザーの余韻の残る昨日、保護者宛に理論武装を薦めなる一斉メールを発信しました。私は、発達障がい、登校出来ない、学校に馴染めない子ども達を教育弱者と位置づけており、その支援のためには、まず保護者が教育に関する正確な情報や知識を習得し、学校にも我が子についてしっかりと意見を述べることが必要だと考えております。それが理論武装なるものです。これはモンスターペアレント育成でも学校と対峙することでもなく、教育弱者たる我が子の現状を学校に伝え、子どもを支援する方策を共に探ることです。教育に関する知識と情報共有のため過去にギフテット、タレンテッド、インクルーシブ教育、統合教育、放課後デイサービス、ウイスク検査等を学習してきました。これらは、現場の校長でさえ全員が理解しているとは言えません。昨日は、最近法制化された義務教育学校についてメールを流しました。義務教育学校と小中一貫校の違い、メリット、デメリットなどを教育弱者に視点を置き考えました。9年一貫は、多くの子ども達にとり、教育の効率的には良いかも知れないが、学校に行けない症候群の子ども、中でもいじめ被害により学校に行けない(不登校)子ども達にとってデメリットはないだろうか。例えば、低学年でいじめに遇った子どもは、義務教育学校では、9年間いじめた子どもと同一校で過ごすことになります。いじめ被害に遭つたことを知っている子どもからも9年間、逃れられないのです。既存の6、3制度のように小学校卒業と同時に教育的配慮で指定地区外中学校に入り、心機一転の選択は無くなります。新たにできた義務教育学校は、果たして教育弱者にとって、朗報なのか、横浜みどりの学校ひまわりに通う教育弱者の子ども達の保護者は我が子を守る視点から教育に関する知識と情報を常に取り入れて、学校と協議しなければなりません。先日、公立学校の教員から連絡のあった際の義務教育学校とはの私の質問に、その教員は義務教育と混同した誤回答。教育委員会の施策や取り組みが現場に理解されているとは言えない現実に元公立学校の校長の悲しみは深いものがあります。こんな現実だからこそ保護者は学校を越えて教育の現状を敏感に学んで欲しいと思います。教育弱者の我が子のためにも今、理論武装を。
posted by 校長 at 20:56| Comment(0) | 日記

2018年01月05日

新年を迎えて

新年おめでとうございます。とは言うものの70歳の私にとって新しい年を迎えることは、いささか複雑です。時は流れる、でも私は流されない、これが老校長の新年の決意です。設立8年目を迎える本校は、求め来る子供達の増加傾向にあります。これは正に公立学校では満足できない子供達の増加、本校、横浜みどりの学校ひまわりの存在意義の象徴でもあります。声を大に出せない教育弱者の増加が密かに進んでいる証です。巷では、70年を経過した憲法の見直しが論議されております。学校教育もその在り方が弾力的に問われる時期ではないでしょうか。そんな中、横浜みどりの学校ひまわりは、既存の教育手法にとらわれることなく、子供達の個性を尊重する教育支援を実戦しなければなりません。これは、一方で私たちにとって大変重い課題です。金も人材も希少な本校はアイディアと地域、保護者の皆様の熱意だけが頼りです。
 多くの制約の中の8年目の船出は、荷物も一段と重く厳しいものですが、最後の場所として駆け込んで来る子供と保護者のため一人ひとりに満足のいく支援をする覚悟です。本校の誇りは、設立以来、唯一人の排除も入学拒否もないことです。
posted by 校長 at 18:16| Comment(0) | 日記

2017年12月20日

ある日の校内メーリングリストより

本日のひまわりは、子供7人の来校がありました。最近は5人以上の来校者は当たり前になりました。明日も体験希望の保護者との面談があります。来校者の増加は、校長他、ボランティアスタッフの負担増加に他なりません。保護者の皆様の一層の協力をお願いいたします。本日の全員の一斉学習指導は、以前に比べて満足のいくものでした。勉強拒否の子供も一斉学習の雰囲気の中、学習に取り組みました。最近の傾向はテレビゲーム一辺倒から自転車乗りなどのアウトドアに移行する子供達の増加です。テレビゲーム存分がテレビゲームを淘汰し、他の興味に移行するのだと思われます。その一方、事故の危険も増加します。私の方針は、障害や個性を理由に行動制限するのではなく、その子にとってより安全な方法を試行錯誤して提示することです。これこそが真の教育であり、ひまわりイズムです。無謀と挑戦は危機的状況時の対応や危険回避の方策や準備を事前にするか否かだと思います。因みに自転車の安全な乗り方に関しては、自転車ひまわり免許制度を実施します。安全な乗り方について実技と学科試験を課し、その技能、知識修得に応じて、敷地内、敷地隣接内、一般道に分けたいと思います。ひまわり免許制度(検定)は、優しさ、テレビゲーム、ディベート、漢字、算数、時間厳守など多岐に渡ります。検定受験の絶対条件は、本人の申し出であり強制は排除です。ひまわりは医療機関ではないので、投薬はできません。しかし生涯に渡り有効なスキルとそのアップは可能です。子供達のスキル修得やそのアップは、途方もなく根気のいる作業ですが、めげる事なく、保護者、ボランティアとトライし続けたいと思います。
posted by 校長 at 20:02| Comment(0) | 日記

2017年12月15日

物証発掘される

本日も多くの登校者でひまわりは満杯状態でした。個性や思いの異なる子供達全てを限られた条件内で満足させるのは至難の業で、体力消耗、ストレス増大ですが、達成感に満ち溢ます。昨日校内整理をしていた先生から私物発見を知らされ、段ボールを開けると、なんと小学1年生から高校までの通信簿(あゆみ)、成績表が出てきました。おぼろげな記憶から期待はしておりませんでしたが開いてびっくりと同時に日頃の私の主張を裏付ける物証の出現にニンマリしました。それで、その内容は。昭和29年の1年生の成績は、ふつうが7個、ややおとるが4個でした。所見は、7月になり、大変真面目になった、落ち着きがたらない。成績は学年が上がるにつれ悪くなり、所見が算数が大変良くなったと書いてあるのに評定はややおとる。これは、個人的には良くなったが、相対的には、下位レベルの評価なのでしょう。さらに所見は、学習欲が足りない、書写はもっと練習を、生活にきまりよく(3年)、落ち着きが足りない、きまりが守れない、(4年)、字や帳面の使い方を丁寧に(5年)、協調性に欠ける。わかるわかる、机に穴を掘り、消しゴムと鼻くそを埋め、鉛筆でこね、隣の女の子にくっけていたっけ、まるで教科書に出てくる太郎コオロギの誰かみたい。彼は社長かなにかになったが、私は校長でした。そんな中、6年の通信簿は、協調性に欠ける、注意力不足とは書いてあるものの最後に馬力のある渡辺君は中学に行っても頑張るでしょう。と希望的評価ながら、6年間雨の日、風の日通っての初めての肯定的評価でした。その後中学は更に低評価、思えば30才位の時の小学校のクラス会で、現況発表の時、私が教師をしていると伝えると会場のどよめき、続いて挨拶に立った恩師は開口一番、今私が思うことは、学校教育がいかに空しいかと言うことです。とまるで私が教員であることを信じられないとばりのスピーチ、ごもっともです。さて、なぜ70の元校長が自分のはじをネタに言いたいのか、それは、発達障害と呼ばれる個性的な、国宝、の子供達に大丈夫、学校教育の評価はあなたの人生のほんの一時期のほんの一部の能力を評価したにすぎないのです。才能溢れ、個性的な君たちには、無限の未来と可能性があるよ、と我通信簿という60有余年前の物証をもって訴えたかったのです。子供に悩む保護者の方々、大丈夫ですよ、それでも心配なら横浜みどりの学校ひまわりにお出でください。わたし(めったに)失敗しないので。子供、保護者と三位一体で頑張ります。学校の先生方、見方をかえて子供に接しませんか。そうでないとあなたも我恩師殿と同じスピーチをすることになりますよ。失礼。
posted by 校長 at 21:53| Comment(0) | 日記

2017年09月17日

既成の教育の枠から飛び出す

本日、本校の絶大な支援者の一人である、村田社長のサンデーフリマで、運営資金調達のため、ひまわり野菜を販売させていただきました。サンデーフリマは、毎月第三日曜日に開催されるアットホーム感溢れるフリマです。そこで目にしたのが、レジスターでした。社長の好意で格安で手にいれました。月3000円もしくは1000円の活動費(月謝)をレジスターに入れる必要はあるのでしょうか。そもそも、フリースクールの教卓の上にレジスターなど似合うはずもありません。そうです。中古電動レジスターは立派な教材になります。中に校長のポケットマネーを入れて、算数の授業やソーシャルスキル学習の教材にと考えました。現なま教育の表現は、違和感がありますので、生きた教育とします。私の教育観は、日常生活でふれるもの、目にするもの全てが教材・教具です。レジスターもその1つです。テレビゲームも、パチンコもスロットだって使い方によっては立派な教具になります。以前、本校を視察に来た公立中学校の校長と生徒指導専任教諭が目を丸くして、教育の場にテレビゲームとパチンコ台があるとの叫びと共に軽蔑の視線を私に向けました。私の回答は、あなた方の学校ではこんなものは置けないでしょうが、工夫して毎日子供達が楽しく学校に行けるようにして下さい、でした。子供の興味・関心は千差万別、個性的な子供はなおさらです。子供の興味・関心を自由に引き出し、教育に繋げることこそ、フリースクールのフリーの所以なのです。鉄道マニアには、鉄道を活用した学習やソーシャルスキルを、動物好きには、鶏や陸亀に興味を持たせて教育に導く、子供の個性を大切に、決して押しつけの教育ではない柔軟な教育をしたいものです。私の鉄道趣味をマニアの子供が、校長の鉄道知識は薄っぺら、と笑います。それは、当然です。マニアの子供達を理解しょうとしている間に鉄道にはまったのですから。子供達こそ私の先生です。今、70才にしてテレビゲームを修行中です。子供の思いと合致した時にこそ本当の教育ができるのではと考える昨今です。宮沢賢治の詩が今日も浮かんできます。 
 私が先生になったとき
私が先生になったとき 
 自分が真実から目をそむけて
 子ども達に
本当のことを語れるのか
私が先生になったとき
 自分が未来から目をそむけて
 子供達に
明日のことを語れるのか          
私が先生になったとき
 自分が理想を持たないで
子供達に
いったいどんな夢が語れるのか
私が先生になったとき
 自分に誇りを持たないで
子供達に
胸を張れと言えるのか
私が先生になったとき  
 自分がスクラムの外にいて
子供達に
仲良くしろと言えるのか
私が先生になったとき
 ひとり手を汚さず自分の腕を組んで
子供達に
ガンバレ、ガンバレと言えるのか
私が先生になったとき
 自分の戦いから目をそむけて
子供達に
勇気を出せと言えるのか

注、作者不詳との説あり
posted by 校長 at 22:30| Comment(0) | 日記