2012年10月18日

道楽の定義

この活動を始めから何人かの人に私の活動が道楽だと言うご指摘を受けました。それは、決して悪意を持って言ったり、私の活動を否定するものではありません。むしろ、私の活動を賞賛する中でよく使われております。そんな時、私は笑顔でその言葉を受け入れながらも、何か釈然としないものを感じておりました。
三省堂版、金田一京助、春彦著の新明解国語辞典によると、道楽とは、趣味の意の老人語と記されております。果たして、現在65歳が老人か否かは別ににして公立学校で苦戦している子ども達を支援する活動や子育てに苦悩する親達を支える活動が老人の趣味とは、やはり受け入れ難いのも事実です。持病の不整脈の発作におののき、運転が上手とは言えない私が交通事故のリスクを負いながら毎回ひまわりに通うのは、自己の欲望を満足させる趣味ではありません。私を求めて来校する子どもや親がいるから私は出かけていくのだ。と怒りに似た感情で訴えた後、冷静に考えると、子どもや親を教えたり、支援する事は、自己の欲望の成就でもあり、趣味と同一のものなのかとも思えてきます。そんな事を突き詰めていくとボランティアそのものが道楽扱いになってしまいます。結局、道楽の定義なるものは、わかりませんが、私は老人の趣味で人生の残り少ない部分を燃焼しているのでない事を確認したいと思います。
posted by 校長 at 02:10| Comment(1) | 日記

2012年05月17日

今を生き、今日も生きる

 持病の不整脈発作の残る中、意を決して家をでました。信頼する前日赤病院循環器部長の先生の大丈夫の言葉を信じて苦しさを押さえて頑張りました。朝から日本映画大学の学生が私の生き様の取材に来てくれました。彼等の映画にかける情熱に感動し、夜は、近くの中華料理店北京で食事を共にしました。彼等の個性が鮮明になり若い彼等を応援する気持ちが一段と高まりました。混迷の日本の未来を背負う彼等に期待せずにはいられません。がんばれ映画大学学生諸君。私の教育雑誌の記事を見た某出版会社の社長から出版の打診がありました。原稿用紙数枚程度しか経験者のない私に満足な本が書けるか不安ですが、公立学校で苦戦する子供達の実態を少しでも皆さんに知って頂き、彼等について教育行政が動いいてくれればと思い、売れる本より皆さんが感動する本を目指したいと思います。
 先日、新聞の記事で本校を親子の駆け込み寺と報道されましたが、本日、近隣校の親子が来校しました。児童間のトラブルで苦悩しておりました。学校でのトラブルに対して学校は家庭に連絡して家庭の指導を要請するだけでは親はただ狼狽し、苦悩を募らせるだけです。教師は自らの専門職を自覚し、学校での指導方針を親に伝え、家庭での指導方法を示唆し、「子供のために共に頑張りましょう」の姿勢がほしいものです。それにしても、一校の年間予算が何千万円の公立学校でのトラブルを雨漏りのするコンテナハウスの一私塾が支援するというのは、なんとも陳腐な構図です。教育行政の一層の奮起を期待せずにはいられません。頑張れ学校、頑張れ保護者・子供達です。
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2012年04月28日

今日は、こんな日

朝からの雨の中、ウコッケイの鳴き声に迎えられコンテナハウスの校舎へ、程なく小学生のN君が母親と来校、彼の個性に合う指導方法を模索する。間もなくして全国紙A新聞の記者が取材に来校、雨漏りと児童の大きな声の中、熱心に私の説明に耳を傾けて頂き感激をする。夕方、先日取材を受けたTテレビが本校で実施している妊婦のまきわりを放映するが、本校の名前も出ず、本校で妊婦まきわりを受け入れている理由も報道されず、ただ妊婦がまきわりをする珍しさのみの報道に多少落胆する。発達障害や不登校で苦しむ方々に本校の存在を知って頂き、子育ての悩みを共有したかったのに。次代を担う大切な子供達をお母さんのお腹にいる時から支援するために妊婦さんにまきわりの場を提供し、元気な赤子の誕生を心から願っているのに報道は、妊婦がまきわりをする珍しさだけを強調。淋しさが滲み出る。
そんな中、45才になる教え子のM君が、私の活動に共感して、賛助会費を持参して来校。勉強嫌いな新米教師は、教材研究もろくにせず、まともな授業もしなかったのに40年近く経った今、相次いで私のライフワークを支援してくれる。六年生の時に担任だった私の事を嫌い、口もろくに聞いてくれなかったA子も四十路の今、ボランティアとして支援してくれているし、農家の長男のK男は、本校児童のタケノコ掘りに自宅の竹山を喜んで開放してくれる。銀座の有名寿司屋の店長になったF男も私の活動を支援してくれる。鉄筋工のI男も。授業が下手でも、まともに勉強を教えなくても自分をさらけ出し、常に人間臭さを前面に出し、思い切り子供達にぶつかったことがよかったのか自分でもわからない。彼等が昔、勉強ができたかどうかなどは、もうとっくに忘れたが、素晴らしい大人になったのは事実である。そうだ、今日は、いい日だったのだ。気がつくともう今日がおわっていた。
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2012年03月18日

卒業式回顧

 先日、私が9年間校長を務めた横浜市立さつきが丘小学校の卒業式がありました。校長として5年間も関わった子供達の晴れ姿、参列して祝福したかったのですが、退職した校長がいつまでもしゃしゃり出ることに多少の後ろめたさを感じ参列を取りやめました。しかし、前日に入手した卒業生名簿を見ていると、彼等と過ごした5年間が脳裏によみがえり、無性に会いたくなりました。農作業の合間、汚れたジャンパーにジャージのズボン、くたびれた帽子を被り、校門の外で門出送りの彼等を待ちました。寒風の中で待つこと1時間以上、やっと彼等が現れました。保護者、教師に祝福され進む彼等がとても逞しく見えました。校門の外で見送る私に気づいた何人かの卒業生、保護者が駆け寄り、祝福の言葉が交わされました。野良着姿の粗末な服装の私を見つけて駆け寄って下さった方々に感謝しながらも、なんで前校長が子供達の晴れの場にこんな格好で来るのかという視線を感じたのは、A型人間の私の思い過ごしでしょうか。校長は、その職を辞しても前校長、元校長であり、生涯尊敬と信頼を受ける言動が求められるのでしょう。薄汚れた野良着での子供達との出会いが尊敬と信頼を失墜させるとは思いませんが。
 今から40年以上前の昭和35年3月、私も彼等と同じように、東京都渋谷区立千駄谷小学校を卒業しました。今と違いいたって質素な卒業式でしたが、校長の講話はおろか、式の内容は記憶にありません。ただ、鮮明な記憶として今も残るのは、式後の門出送りの一場面です。区民講堂脇の校門付近で皆さんが送ってくれた場面です。その中に白衣の給食のおばさん、作業着の用務員さんの姿がありました。晴れ着や背広姿のなかで白衣や作業着で盛んに手を振り門出を祝福してくれる姿にとても感動しました。 先日のあのさつきが丘小学校の卒業式、前校長の自分が薄汚れた野良着姿で子供達を祝福することに後ろめたさを感じつつも40年前のあの場面がよみがえりました。同時に前校長の肩書にとらわれ、背広姿でないために卒業生に会いに行かなかったら今頃どんなに悔やんでいたことかも。
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2012年03月07日

前に向かって

小学校の校長の時には、よく教員と保護者の児童に対するギャップを埋めることに腐心しました。教員の客観的な思いと腹を痛めた母親の愛情の間でよく悩んだものです。 ボランティアスクールひまわりを開校し、発達障害児童その他の児童に深く接すれば接するほど子供達への愛情は、増幅されます。それは、教育者を超越した生物的な愛情なのでしょう。こんな愛情を感じるためには、その児童により深く関わらなければ不可能です。公立学校の先生方は、限られた時間のなかで多くの児童と関わらなければならず困難もあるでしょう。でも、短時間の中にも児童に愛情を感じる術はあるはずです。それには自らが児童を積極的に理解する姿勢と個性を評価し、児童の個性の誇示に目を細めて微笑む余裕です。
本日A児と散歩しました。犬が来たり、自転車が来る度に黙って私のてを握ってきました。頼りにしてくれている彼が愛おしく感じました。買い物に出かけたB児は、店員の前で、このお菓子まずいんだよね、と大声で言いました。実は私も以前からそう思っておりました。お世辞のない正直な彼の言動に苦笑しながらも親近感と親しみを感じ、それは愛情へと変容していきました。
人を愛すること、それは相手を理解する気持ちと 一歩踏み込み、相手に接近する勇気です。ひまわりは、指導者、ボランティア、そして子供達がそんな姿になるように日々努力しています。
posted by 校長 at 21:17| Comment(0) | 日記